[本]月島慕情
浅田次郎著
これも短編集でした。7編収録。
う~ん、これは、私の伝家の宝刀「好き嫌い」物差しを振りかざしても測るのが難しい作品群です。目盛りをふりきっちゃいます。
「月下の恋人」がこの作家の大作群からこぼれ落ちた澱のしずくだとすると、これは野放しにされた、手綱を離れたやる気じゃないかっていう気がしたのですけれど。手と情感が我が物顔で走ったのねという感じを受けました。浅田さんはこの方が手馴れています。
「インセクト」というのは私と同時代の学生さんの見覚えのある姿ですが、それでもやはり生理的に気持ち悪かったです。北海道にはゴキブリはいないから・・・って言ったって・・・。彼だって見たことなくても知識はあったでしょうから、それだけ孤独が浮かび上がって来て切ないのですけれど、それでもごめんなさいです。
あと「雪鰻」は既視感があります・・・え、どこで?えぇー「蒲生邸事件」宮部みゆきさんでしょうか?
表題の「月島慕情」は田舎から売られてきた少女が美貌と利口さとを武器に吉原で見事に生き抜いてきたその点に心打たれましたが、身請けする時次郎と言う男がどんなにいなせないい男と書かれたって月島の家庭を見せちゃった時点でこの話はぽちゃるでしょ?本当に男の中の男だったら女房子にあんな憂き目は見せないでしょうからね。トチ狂った粋がり男じゃないの。それでもねぇ、あんな苦界でこんなにいい女が出来るのかしらねぇ!ミノさんはいい女、女を上げたね!女の意地のが素敵じゃないか!と思うけれど、この作品は乗れません。最後のページやるでしょ?やりすぎでしょ?お願いそんなにやらないで・・・。
それ以外の作品は「やられているぞー!」と少々忌々しいながら涙と共に読み下しました。特に「めぐりあい」と「シューシャインボーイ」には負けました。別に珍しい個性的な作品ではないのです。こんな話よくありそうだよーと、思うのですがね、上手いです。
とまぁ涙を流して、心も潤ったようだぞと思いながらも一寸忌々しいんですね。素直に感動をありがとうといえる感性がもうしみしわに覆われちゃって固くなっているんでしょうね。いやむしろ、抑制を外した作者の力技が言わせないんだと思えるのですが?
「シューシャインボーイ」子供の頃父と銀座有楽町辺りに出かけると父もよく靴を磨いてもらっていました。私も塚田さんの奥さんのように「あ、水を使うんだ。」と驚き、それから父の靴を磨く時にはまねして2・3滴の水を使っていたものです。「あら、素人はしちゃいけなかったのか・・・」と、今頃知りました。ガード下の靴磨きのイメージをすぐに心に浮かべられる世代なのです。(そういえば今もちゃんと有楽町のガード下にはいらっしゃいますよ)
そしてこれも最後のページです。「菊治さんにこんな遺言書かさないでよ・・・」と滂沱の涙の私です。